手帳の魅力

昔は手帳の発売といえば新春、もしくは4月だった。今では9月始まりや10月始まりというものが店頭に並んでいる。スマホがひとりに1つの時代というのに、手帳の人気は今だに現在で手帳のコーナーにいくと沢山の女子が想い思いの手帳を手に物色している姿を目にする。私といえば、新春にかって最初の何ページかは色とりどりにイラストを描いたりしているが、それもせいぜい半月が限界で二月になれば空白ばかりになっている。毎年毎年、これが恒例になっているのに性懲りもなくまた、手帳を買ってしまうのだ。何故、同じことを繰り返してしまうのか?それはきっと、未来の夢や希望を買っているのだと思う。新春にはダイエットや仕事について目標を書いて夢をみる。しかし現実は厳しくて、書いたようにはいかない。厳しいというよりは、そこまでの努力がまったくできない。ダイエットにおいても春までに5キロ痩せる!と目標をたててもなかなか実行に移すことができない。ダイエットは手段で本当は目標は違うところにあるべきなのだ。婚活するために、結婚相談所に登録したから、ダイエットをしなきゃ!こういう目標ができればダイエットは手段となり、やる気にもなるだろう。ただ漠然と5キロ痩せたいと思っていても、確固たる理由がないので、よし!という気持ちにはならないのだ。話を戻そう。なぜ、手帳を買ってしまうのか?ロフトやハンズにならんだ手帳は誰かが、たぶん店の店員が書いたサンプルが置いてある。その手帳には楽しい毎日が綴られていて、絵もとても上手でみていて楽しい。絵心のない私がそんなふうに書けるわけもないし、仕事と自宅を往復している私にそんな楽しいイベントが盛りだくさんあるわけもない。あるわけもないのに、サンプルで書かれた手帳をみていると、この手帳を買えば盛沢山のイベントで充実した毎日がついてくるかのように錯覚してしまう。だれそれちゃんとランチ!どこどこに彼氏と映画!というように、このサンプルの手帳の主の充実した毎日があたかも、同じ手帳を買うことで実現するような錯覚を起こしてしまう。手帳マジックである。それを夢見て1月はそれなりに予定を盛り込んでみるけれど、2月のスケジュールはガラガラで、実家に帰ると書いてあるくらいで終わってしまう。それ以降はたまに誰かとランチにいく予定があるだけで、ほとんど家と仕事の往復で予定なんてありゃしない。意気揚々と手帳を購入したあの日の私は、もう2度と手帳を買う事もない、と思いきや。今度は仕切り直しと思いなおして4月始まりの手帳を購入して、未来の夢をみる。最初の一ヶ月だけ記入してある手帳がもう何冊もたまっているのに、夢を見続けるのはやめられない。

社内恋愛はどう?

若い頃に勤めていた会社には、社内結婚の夫婦が何組もいた。今はどうなんだろう?ちなみに今の主人はバツイチで以前は社内結婚をしていたのだ。結婚と同時に奥さんが寿退社をして、家庭に入ったらしい。離婚までずっと専業主婦だったそうだ。社内結婚は社内の話が夫婦でできて理解しやすいから話が弾む。会話の多い夫婦だと勘違いしてしまう。本当はその会社の話題でしか盛り上がれない夫婦なのに。奥さんが退社してから、社内の人がかわっていくと話が合わなくなってしまうらしい。そういうことはあるかもしれない。寿退社をしないで働き続ける奥さんの場合、会社でも家でも顔をあわすなんて、耐えられるのだろうか?便利なのか?相手も仕事ぶりや評判がわかったうえで結婚するから、人となりがわかっていて結婚してもギャップが少ないという人もいる。第三者の評価がよくわかる。共通の知人、すなわち同僚や上司がいるから評価はよくわかる。婚活アプリなどで出会うのとは違って、ある程度知っている人だから話が早い。ただ、共通の知人がいるというのは、職場でも家でも同じ話をしているということ。家庭に持ち込んでいる感じが嫌な人もいるだろう。会社によっては、社内結婚をした場合には周りのことを考えてどちらかを異動させる会社もあるらしい。そりゃそうだ。周りはやりにくい。お互い、同じ時期が繁忙期になるので、お互いの理解がしやすいという人もいる。それはあるだろう。彼氏が連絡をくれない理由がわからない。社内結婚が多い会社は良い会社だと言われているらしい。社内交流がさかんで活気のある会社ということらしい。夫婦喧嘩になりやすい相手への理解という問題が軽減されるのだそうだ。相手の仕事を理解してあげやすいという利点がある。実際の働きぶりをみたことのない夫婦より数段理解してもらいやすのはよくわかる。ただ、家庭内の話を奥さんがペラペラしゃべるので、同じ職場の旦那さんは奥さんの同僚に家庭の事情が筒抜けで、もう少し考えてしゃべってほしいと言っていた。おしゃべりの女性と職場結婚はやめたほうがいいかもしれない。家で喧嘩をしたときでも、職場では普通に話す必要がある。プライベートと仕事の境目がないのは覚悟しておこう。今は社内結婚をしたカップルに夫婦手当という手当がでる会社もある。社内結婚を推奨している会社もたくさんある、ということだ。会社をあげて社内結婚を応援しているというわけである。今どきの社内恋愛事情は昔とは違うのだ。会社ではみせない一面を知るのも社内結婚のだいご味なのかもしれない。

オーラルケアって?

歯医者にいくと、オーラルケアをしましょうと言われた。いつからそんなごしゃれた言い方になったんだ。口腔ケアのことだ。歯の悩みは9割以上の人がかかえているらしい。歯が丈夫でないと食事がまずくなる。歳をとるにつれ弱くなっていくのでしっかりケアをしたいところだが、何しろ高額。虫歯がみつかって、治療をすると何千円もかかる。歯医者にいっているのだから、みつかった虫歯を治療しない選択はない。かぶせものが合わなくなっています、このままでは・・・と脅されるとやらざるを得ない。歯医者は財布と相談する間もない。やるのが当たり前なのだ。やっときましょうね、と削られたりする。こっちは口をあけたままだから、しっかり反論できない、しゃべれない。歯の悩みの第1位は歯石なのだそうだ。歯石はしっかり磨いてもついてしまう。毎日かかさず歯間ブラシや糸ようじを使えばいいのだろうが、歯磨きに時間をかける人は少ないように思う。特に寒いときの洗面所には長いしたくない。実際、歯磨きで落ちる汚れは6割程度なのだそうだ。歯間ブラシや糸ようじが必要になってくる。しかし使い方を間違うと歯茎を傷つけてしまう。歯石をとってやろうとガリガリやっていたら歯茎を傷つけたという人は少なくない。歯間ブラシも大きすぎるものを使うと歯と歯の間に隙間ができてくる。食べたものがつまりやすくなってしまうので、歯間ブラシのサイズも気を付けないといけない。歯磨きの理想は朝おきてすぐと朝ごはんの後、昼食の後、夕食の後、寝る前と5回が理想なのだそうだ。最近は研磨剤が入ってない歯磨き粉が好まれているのか、ドラッグストアはそういうものが多い。やたら清涼感があって泡がぶくぶくたつ歯磨き粉は磨いた気になっているだけで、ちゃんと磨けていないらしい。婆ちゃんは塩で磨いていたから、それが一番いいのかもしれない。ワインは虫歯になりやすいと聞いたことがある。ググってみるとまんざら嘘ではないようだ。酸が多く含まれる白いワインは長時間のむと歯が溶けやすくなるんだとか。まあ、ワインを飲む習慣がないのだけど。結局のところ、自分ではちゃんと磨けないようなので3ヶ月に1度の定期健診で歯のケアをするのが1番良さそうだ。お金はかかるが、いつまでも美味しい食事がとれる歯であるということは、お金の問題ではないと思う。思うことあって銀歯ではなくジルコニアをいれてもらうことにした。1本6万円以上するのだが、体内に金属の溶けた何かが入り込むのがアレルギー持ちには不気味なのだ。もっとも過去は何本も銀歯をしているからアンバランスなんだが。

起業するということ

学生の頃、とくに小学生や中学生の頃の親友はずっと仲良しでいられる。大人になって友達をつくるのは難しい、というのは本音を言わなくなるからだろう。小学生や中学生は自己中なので、自分のことがとても大切で相手を平気で傷つける。いいかえれば本音で接しているので、そのときの親友は真正面からぶつかってきた仲なのだ。そんな仲だから利害関係もないし、ずっと言いたいことは言える仲でいられる。大人になって言いたいことを言いたい放題いえる仲になろうなんて、表面上ではそういっていても、そんな仲にはなれない。何かのサークルであれ、仕事であれ、どこか利害関係がつきまとうからだ。来年、主人の同僚が起業することになり、お互いに腹を割って話をすすめていこうといっていたが、相手はなかなか腹を割って話してくれないと少し不満そうだった。それが当たり前だと思うのだが、主人は共同経営をするのだから、クリアな関係でいたいという。お金が絡む繋がりなのだから、クリアな関係になれるのが理想ではあるが、職場で知り合った同僚との共同経営は前途多難だろうと予想している。そもそも共同経営をする職場の同僚はのんびり屋さんで、万人に好かれる曖昧な、いいかたを変えれば緩い優しいキャラ。主人といえば、とにかくせっかちで前倒しにコトをすすめなければ不安でしかたない性格。頼まれたことは瞬時にやってしまう。テキパキとしていないと気がすまない。のんびり屋さんの同僚は頼まれたことはやるにはやるが、とにかくのんびりしているので放っておくと1週間たっても返事がない。こんな凸凹なふたりがうまくいくとは到底思えないのだが、おたがいの良いところを知っているから共同で起業することにしたのだろう。本当は起業などやめて、どこかに就職して使われるほうが向いていると思うのだが、乗り掛かった舟なのだそうだ。来年から本格的に始めるために、今は経営の方針などを話し合っているが、主人はあいもかわらずせっかちで、同僚はあいもかわらずのんびり屋さんなので、主人の不満は終わることがない。始まる前からこれだけのストレスを感じているのに、どうして共同で経営するのか?ときいてみると、ひとりでは不安だから、という。相手への不満とひとりの不安がせめぎあっているのかもしれない。いっそのこと、ふたりともどこかに就職したほうがいいと思うのだが、乗り掛かっているようなので、見守るしかない。二人がお互いを補いながら良い経営ができるように願うばかり。

みんな違う、それでいい

10年以上前、アメリカにいた頃、10月の終わりになるとハロウィン一色だった。家の屋根には大きな黒いクモがいてクモの巣が張り巡らされ、大きなカボチャが笑っていた。オレンジと黒の雑貨が家々に飾られる季節だった。店には仮装のグッズが並び、今年はどんな衣装にする?と頭を悩ませたものだ。その頃、日本にはそんな文化は全くなかった。友達の子供が遊びにきていて、ちょうどハロウィンの日にアメリカの子供たちが家々をまわってキャンディをねだる様子をみて、興味深々にしていたことを思い出す。ところがどうしてそうなったのか、今は日本でもハロウィンをやるようになっている。いつからそうなったのか?主に若者が渋谷なので仮装パーティーをやっているようで、テレビでも放送していた。警察がでていたり、ゴミが散らかっていたり。楽しいのか迷惑なのかわからない行事にみえる。アメリカとは違ってやたらと血塗りの人が多いような気がする。怖いイメージがあるのか?アメリカのハロウィンはもっと着飾っていて楽しいイメージだった。これは10年以上前の話だから、今はアメリカも変わっているのかもしれない。いずれにしろ、結局のところ、モノが売れるからのせられているのだろう。産業に一役買っているのだ。バレンタインもそう。チョコが売れるから、お菓子会社が流行らせたものだ。お返しの日の3月14日もお菓子会社が流行らせたもので、お返しをしない人は空気がよめないように言われる。チョコを送らなければ、失礼な会社にいるとしたら余計な出費になる。迷惑な話だ。お返しをしなければ、ケチだと言われる。これも迷惑な話。こうして日本人はうまくのせられて義理のために出費する。面倒な人種だと思う。ランドセルだって、かならず買う必要なんてない。そんな規則はないのに、ランドセルを買ってあげない親は親としてどうなの?という風潮がある。今のランドセルは色とりどりでとんでもなく高価。10万円ちかくするものもあるという。机だって、物置にしかならない小学1年生のために買う必要が本当にあるのか?結局リビングのテーブルでしか宿題はやらず、使うことがほとんどない机になってしまうのに。みんなと同じでなきゃ恥ずかしいという日本人特有の考えがずっと居座っている。多国籍のアメリカからみると理解できない文化なのだと思う。ひとりひとり違っていい、と日本でも最近は耳にするようになったけれど、相変わらずみんなと違うのは嫌な子供がほとんどなのだ。